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2011年5月19日木曜日

ドイツで鍛える生活 #60

**** さようならドイチランド ****

さて。いよいよ。
ドイツ撤退の日。
行方不明になっていた、
ドイツの口座から日本の口座へ移動した全財産は。
(参照: ドイツで鍛える生活 #59)
ちゃんと日本の口座に反映されていた。
ふう。送金に4日間ですかあ…。
何でも時間かかるなあ。ほんと。
(まあ。タイミングなども悪かったのかも)

さて。例の暖房代問題。
(参照: ドイツで鍛える生活 #58 )
光熱費の検針が1年に一度なので。
次の暖房代の精算が7ヶ月後。
というわけで、
銀行口座を開きっぱなしにして、
引き落とされる予想額を
残しておかなければならないというやつ。
ウーム…。

ドイツでは、暖房代は家賃に上乗せされているのだが。
それは単なる前年度を元に計算された予想額にすぎない。
まあ。言ってみれば。
日本でいう税金の年度末調整、
みたいなシステムと同じである。

同僚のルーマニア人は。
夫婦ですんごい暖房使ったから。
超過料金は400ユーロだった。と言った。
別の人はあんまり使わなかったから100ユーロ返ってきた。と。
家の管理会社の人に予想される額を聞いてみたが。
返事がなかった…。

ふむ。やっぱりねえ。
そう簡単にこっちの人は仕事してくれないよねえ。
と思っていたが。
ふと。退職した会社のメールボックスを見てみた。
あれ?! まだ会社のメールが見れる。

あーーっ!返事来ている。
もうこっちにメールするな。って言ったのにーっ!
もー。ドイツって、
物事がほんと伝わらないのよねー。
初歩的、事務的処理ができないというか、
なんというか…。なんで?

で。そのメールを開けてみると…。
   
                          * * * * * * * * * 
あなたは沢山、暖房を使ったようです。
私の計算によると。
敷金を差し引いても超過料金445ユーロです。
よって、敷金は返せません。
445ユーロを今、払ってくれれば、
それで精算を終えてもよいです。
                         * * * * * * ** * * *

ハ!?  超過が、敷金プラス445ユーロ?
敷金いくらだったけ?
忘れたが敷金、400ユーロくらいだったっけか?
えーーっ。となると。
暖房代の超過料金が10万円?え。1年で?
そして、添付されている計算書を見る
(写真、計算書の一部、クリックで拡大されます↓)















なんかわけがわからん…。
というか。
もう数時間後にはドイツを撤退するので見ていられん。
しかーし。日本に行ってしまったら。
もうオンラインバンキングもできない(注)。
慌てて、指定された額をオンラインで支払う。
ウーム…。
(注: ドイツの私の銀行では、オンラインバンキング時に使用する暗証番号はその都度、携帯にSMSで送られてくる。つまり、暗唱番号が毎回異なる。よって、ドイツの携帯を持っていて、SMSが送られる圏内のヨーロッパにいないとオンラインで振込みなどできないシステム)

ハイ。次。
まだいろいろな書類が来るであろうから、
ポストにメモを貼る。
『マユゲ宛のものもxxさんのところに入れてください』





と、書いたつもりだったのだが…。
最後に動詞を書くの忘れた…。
まあ。意味はわかるだろう。
撤退準備完了。

そして。
鍵を次の住人に全て渡し、
ドアを閉めた。
さようなら、私の家。
空港行きの長距離バスに乗った。
さようなら、リューベック。
飛行機がとんだ。
さようなら、ドイチランド。

ウーム。
もっと住んだら、きっと。
もっといいところが沢山、見えたのだろう。
10年ドイツに住んだ人は。
この『ドイツで鍛える生活』を読んで。
違うっ。って思うこともあるだろう。
私の見聞記は、
ただの偏見記だったかもしれない。

     * * * * *
子供のころから。
バカの一つ覚えとして。
憧れ続けた、外国。
憧れ続けた、欧米。
憧れ続けた、外国で自立する生活。

日本じゃない国で。
そこの土地の人々と同じように働き。
同じように給料をもらって。
その土地の平均的な生活をしてみたかった。

日本人のいないところで。
サラリーマンになった。
憧れは。たぶん、現実になった。

ただ。
隣の芝生は青く見えたけれど、
自分の芝生だって本当は青かった。
ということだ。

経験とは。おそらく。
自分の今までの価値観を崩すためにある。
『思ったのとちがった』
というのは、一歩、進んだ。
ということだ。
そういうことだ(←強引にもっていきます)。

   ****そして。撤退2ヶ月後 ****

多摩川の川べりを歩くと。
毎日歩いた、リューベックの川のあぜ道が。
フラッシュバックする。
本当に遠くまで来てしまった。と。
思いながらトボトボ歩いたあのあぜ道。

あの光景はつい最近の日常だったのだが。
長い夢だったような不思議な感覚。
いつも多摩川を歩く度、
あの世界に引き戻されるが。
多摩川。という引き金がなければ、
本当に記憶から埋葬されてしまいそうな
そんな、あやふやな記憶の中だけの世界。
あの世界は一体、何だったのだろう?

あ。そういえば…。と思って。
ドイツの口座の出入りをオンラインで見る。

あれ〜っ!?
いまだに引き落とされていいる〜。
毎月35ユーロ(4000円)、インターネット代。
手違いだー。
なぜにこんなにも事務処理ができないのか〜っ!
ドイツ〜っ!もー。いやだー。

ン!? 実は…。
あの暖房代も向こうの間違いではないか?
撤退のどさくさに紛れ、敷金が当てられたりして。
わけがわからなくなったが。
一体、全部でいくら払ったのか。

ムムっ。
超過料金、1200ユーロ(14万円)ではないか?
これはあり得ん!
毎月、暖房代を含めた光熱費を払っているし。
暖房に14万円の超過とかあり得んでしょーがーっ!

やられた。
やられたー。

あー。ドイツで鍛える生活。
修行は全然足りてなかった…。

ま。そんな事を東京の青空の下で嘆いても。
仕方がない。
次へ進もう。次へ。
過去に戻るのは簡単だ。
前へ。前へ。

いや。前を見すぎてもいけない。
今。だけを。
過去も未来も今についてくる。


おわり







2011年5月3日火曜日

ドイツで鍛える生活 #59

**** ドイツ撤退への道 #3 ****

さて。
私の引越しは30kgのダンボール2箱程度。
引越し業者は使えないけれど。
えっこら郵便局まで運ぶのは無理という…。
超中途半端な引越しなのである。

日本だったら宅配業者なり、
郵便局なり(EMS)に電話すれば。
ダンボール1個でも取りに来てくれる。

しかーし。ここはドイツ。
生活の基本は。
『なんでも自分たちでやる』ことである。
集配サービスなぞない。

彼らにとって。
サービスなんつう物体のないものに。
金を出すなんて意味不明なのだ。
周りの人々と協力すれば済むことなのである。
言い換えれば、助け合いの社会。
ドイツ人は堅実(またはケチ)と有名だが。
皆の『一銭たりとも余計な金は払わん!』
という覚悟はすごいんだから。ホント。

このサービス業のない社会は。
すごい不便なのであるが。
あの財布の紐の堅さを見ている限り。
国民が自らそう望んでいるのではないかと思う。
よって。
この国のサービス業が発達することはきっと…ない。
もし。それが受け入れられた時は。
おそらく『助け合い』の社会も崩壊したときだろう。

ま。そんなわけで。
集荷のサービスがないなら。
自分たちでやればいいのであるが…。
便利な社会からこの社会へ飛び込んだ私は。
その自分たちの『たち』の部分が欠けているのである。
会社のボスなんかにも頼めるが…。
エレベータないし、5階だし、30kgだし。
ボス。腰抜けちゃったりして〜。とか。
運んでもらって『じゃあね』じゃ、失礼だし〜。
そのあとにカフェでも行っておごるか。とか。
でも。あの人と会話。弾まないんだよなー。とか。
『助け合い』『頼み合い』の社会に慣れていないもんで。
グチャグチャ考えているうちに面倒くさくなり。

えいっ。悪いクセだが金で解決。
高いけど。日系の運送会社に頼む。
さすが。日系。
一箱から取りに来てくれる。
当然、日本人のいないリューベックに支店はないので、
どっかのドイツの運送会社に委託される。

日系といえども。
もうリューベックに来る時は、
日系の「に」の字もないドイツの会社である。
ドイツの会社では伝言が伝わってなかったり、
重要な書類が回ってなかったりすることがよくある。
つまり。事務処理があまりできない。
果たして約束通り来てくれるのか…。

ところで。
ドイツの集合住宅では。
一階にメインエントランスがあり。
そのドアの外側に、
アパート全員の呼び鈴と名札がある。
郵便や配送などはここに名札がないと。
住所は合っていても持って帰られてしまう。

* * * * 荷物ピックアップ当日 * * * *
こんな重要な時に。
表札をいたずらで剥がされていたらいかん。と思い。
(ドイツ。わりと自転車泥棒とかイタズラとかが多い)
確認しに1階へ下りると。
えーっ。表札が次に住む人の名前になっているーっ!
ハウスマイスター(家の管理人)が気をきかして。
もう次の人の名前を貼っていたのだ。
もー。ドイツ人。
いつも仕事ちゃんとしてくれないのに。
なぜ、余計なところだけ、早いのだ。

慌てて、自分の名前もセロテープで貼る。
しかし。
通りがかりの若者にいたずらされたら悲しい…。
(↑まだ言ってる。ビョーキ)
1階のメインエントランスがガラスドアなので。
内側からもテキトーなドイツ語でメモを貼る。
『メモ: マユゲに用の方はxxxさんのベルを鳴らしてください』

よし。これで剥がされたとしても、
集配の人が帰ってしまうということがない。
完璧。ふう。あぶなかったー。

メモ:  マユゲ(に用の方)は yyyさんのベルを鳴らして下さい




















そして。金曜日。午後4時。
4時までにとりに来るはずなのだが来ない…。
やばい。週末になってしまう。
週末、ドイツ社会は止まる。
もーっ。今日、来なかったら、
私、月曜日の飛行機乗れないよー。
と思ってたら。
午後4時20分。来たー!ばんざーい!

やったー!
荷物。ちゃんと取りに来てくれたー!バンザーイ!
指定した日に取りに来てくれただけで。
もー。大感激!
ま。日本じゃ当たり前の事なんだけど…。

が…。あれ?!
控えの伝票もらわなかった…。
あのおっちゃん、なにも確認しなかった。
日本だったら。
ドライバーが伝票を確認し、サインして。
控えを渡し、伝票を荷物に貼って。
『では。確かにお預かりしました』となるわけだが…。

あのドライバー。
『あ。荷物これね。じゃあねー』だけだった…。
私。サインもしていない。
で。伝票をピラピラさせたまま。
荷物にさえ貼らなかった。
あれじゃあ。荷物と伝票がはぐれてしまうーっ!
荷物紛失の可能性大である。
で。『控え』を貰い損ねたので伝票番号さえわからない。
紛失してもトラッキングできないし、
伝票がないのでは、20万円かけた保険もおじゃんである。

『…… 』
もう自分のバカさ加減に腹が立った。
この『鍛える生活』を通して。
ここでは世の中は。
自然に回るものでなく、
自分で押して回すもの。
何度も確認して押す姿勢が大事であると。
あんだけ思い知ったはずなのに…。

『やったー。荷物とりに来てくれたー』と。
その感激だけで。
全てがすっとんでしまった…。

           * * * * * * *
ハイ。次。気を取り直して。
口座の金の移動チェック。

3日前。銀行にて、全財産を。
日本の自分の口座に移動したのであるが…。
えーっ。ない。
送金先の日本の口座にもないし。
送金元のドイツの口座にもない。

どこにいっちゃったのー。
私の全財産。

しかし。もうドイツを飛び立つ日がきました。
いろんな問題を残しつつ。
次回は。さようならドイチランド。

2011年4月28日木曜日

ドイツで鍛える生活 #58

**** ドイツ撤退への道 #2 ****

前回の続き(ドイツ撤退への道 #1)。
ネットの解約のお手紙はどうなったかというと 。
お返事がきたー。解約完了ー!と思いきや…。

『ドイツを出て海外に住むからと言って、
2年契約を解約できるということはありません』
ガーン。
『しかしながら、解約する手筈はあります。
次に住む国の住民票を私たちに送り云々〜』

いやねえ、その国の住民票は…日本語なんですけど〜。
あんたたち理解できないでしょーがーっ。
ん!? ってことは大使館の翻訳の認証がいる…。
翻訳。数行でも手数料込みで5000円…。
あーあ。ともかく。
日本に引越ししてからじゃないとできないので後回し。
その間も、毎月の通常額。
数十ユーロの引き落としは続くのだー。あーあ。

で。例の大問題。
最後の日まで使う光熱費の引き落としであるが。
引き落としが完了するまで銀行口座を開けっ放しにすることにした。
電気は。
電力会社にアパートの契約最終日に。
電話で数値を自分で報告するらしいのだが。
ワタシ、ドイツ語ヘタ。デンワ、ムツカシイ…。
多分、アナタ、イマデキル。とか。
管理会社(大家)の人にグチグチ言ってたら。
電力会社に電話してくれた。
最後の請求書は1ヶ月以内に引き落とされるらしい。
ふう。一つ解決。

「で。暖房代はどうすればよいの?」
(注:ドイツの暖房代は基本、家賃に含まれているが1年に1回検針して過不足分を支払う)
「今年分は検針の時じゃないとわからない」と管理会社(大家)。
えっ。それって~。いつ?
「7ヶ月後」
「ハ?! 精算が7ヶ月後ということは…それまで銀行口座を閉めれないってこと?」
「そうなりますねえ」

えーっ。日本だったら翌月で終わるものが。
7ヶ月後ですかあ(注)
で。その暖房代にいくら金を残しておけばいいのか…。
(注: 後で聞いたのだが、翌月に精算してくれる所もあるらしい)

この話を持って銀行に行き、打ち合わせ。
7, 8ヶ月後の引き落としを待ってから、
銀行口座を閉めることはできるとのこと。
「じゃあ。全部引き落としが終わって、その後の金は?」
「ドイツ国内の銀行に限り送金できます」
「…… 」
ドイツ国内の銀行に送金できたって…。
私はドイツを撤退するのに~。

というわけで。
引き落とされる予想額を適当に残し。
(まったく検討がつかないが、日本円に換算して5万円程度残した。海外送金は手数料が4000円もするので、足りないという事態にならぬよう…)
すべての引き落としが終わったあと(9ヶ月後ね)。
残金はベルリンにいる日本人の友達のドイツ口座に自動送金する。
で。その友達が日本帰国時、手持ちで持って来てもらう。
という手筈になった。

ウーム。しかし。このシステムでは。
人の協力なしで解決は不可能である。
いやあ。ホント人は1人じゃ生きられません。

次。物理的な引越し。
粗大ゴミはどうすんのかねー。
というまた初歩的な問題。
まあ。布団なんかは。
市の粗大ゴミかなんかに引き取りに来てもらえばよいわけだが。
それだって、指定日なんかもあるわけで…。
となると、最後の2週間くらいはホテル暮らしか、
床の上で寝るなり、寝袋を借りたりして過ごすしかない。

が。しかし。今回。
救いの女神(= 家の後釜)がいるのだ。
(参照: ドイツで鍛える生活 #51)
彼女がすべて引き取ってくれるので。
洗濯機や、布団など家具はすべて置いていく。

よって。
私の引越し荷物は服やらキッチン用品など、
30kg程度のダンボール、2箱程度になる模様。
しかーし。ここは海外。
どこにあるの~?ダンボール?という。
また超初歩的な問題が発生するのだ。

おそらく、30kgに耐えられるダンボールは。
日曜大工店に行けばある。
しかし。そういうのは大体郊外にある。
田舎街では車を持っていない人にはキビシイ…。

ってなわけで。
実は。日本からドイツに引越した時のダンボールを。
1年数ヶ月、大事に取っておいたのだ。
いつか撤退する日のために。と思って…。
役立つ日が来ましたー!
しかし問題はボロイんだな。これが。
もう一回、海を超える引越しに耐えられるのかこのダンボール。

ってなわけで。
頑丈なガムテープで補強することにした。
がっ。ここで問題。
どこに行っても布のガムテープがないっ!
あるのは一カ所切ると、
『メリっ。ビリっ』てすぐ全体が切れててしまうヘボいテープのみ。
これでは補強にならん!
文房具店も、郵便局も、デパートも行った。
金と時間をかけてバスで日曜大工店も行った。
どこもなかった…。
気がつけば、ガムテープを探すこと4日間(←バカ)。
もーっ!この国に頑丈なガムテープはないっ!

翌日、前から計画していた、
スペインのバルセロナへ旅立った。
当然。今、欲しいものはオリーブオイルでも靴でもなく。
ガムテープっ!
デパートで超頑丈そうな奴をみつけ一件落着。

そして。カルパッチョの食中毒で、
もうろうとしたままガムテープを抱えドイツへ戻る。

撤退まで残り2日。
念願のガムテープを使い、必死こいてパッキング。
海を超える引越しはちょっとの荷物でもお金かかるので。
何としても2箱に納めたい。

あとで聞いたのであるが。
ドイツは環境先進国だから、
ガムテープとか使わず、
次回も箱を使えるように箱を工夫するので。
発達したガムテープがないのでは。とのこと。
なるほど…。
布ガムテープがない。って…この遅れた国めーっ!
という私の発想の方が遅れていた。
というわけだ。

ともかく。日本から来た箱プラス、
スペインのガムテープ+ドイツの紐で。
グルグル巻きにされた私の反エコな荷物が完成。
重さ。測れないけどたぶん、30kgくらい(一箱30kg以上は送れない)。
これ、もう。持ち上げるのも不可能。ってわけで。
どうしたかは。また次回。
















すんません。撤退話。まだおわりません…。
まだ、問題が出て来るんだなー。

2011年4月21日木曜日

ドイツで鍛える生活 #57

**** ドイツ撤退への道 #1 ****

会社も終わった。
あとはドイツ撤退に向けて。
まっしぐらなのであるが…。
近々、大家が家を見にくるというのに。
洗面所の電気の接続ケーブルがどっかで外れてて。
電気がつかない…。もー。

さてと。
手続き関連が色々山積み。
インターネットの解約やら電気、水道、暖房代の精算。
ドイツ版NHKみたいな公共放送の解約(GEZ)。
銀行と口座の閉鎖についての打ち合わせ。
引越し荷物の手配など。

ウーム…。
これまた全部ドイツ語で切り抜けるわけで。
もう頭が痛い…。
当然。引越し荷物のパッキングもある。
しかも。スペイン旅行なんかも入れちゃったので。
全てを3日間でやる予定なのである。

ドイツの解約は何でも(ネットやら携帯やら、家など)。
基本。月末から数えて3ヶ月前に言わないといけない。
(つまり、実質。3ヶ月半くらい前に言う)
しかし。家は自分で後釜を見つければこの制度は免除される。
で。今回、運よく次に住む人を見つけたので。
(参照: ドイツで鍛える生活 #51)
色々と助かったのであるが。
問題なのは銀行口座。
もちろん。撤退前夜まで家は使うわけで。
電気、水道、暖房やら、電話なんかも使う。
となると。
それらの精算と引き落としは。
自分が撤退した後に行われるわけだが。
その時には自分はもうドイツにいないし。
銀行口座も閉めて金も持ち出してしまうわけで。
一体どうしたものか…。

で。昔。ドイツにいた時は。
暖房なしのアパート + 低賃金のブルーワーク で。
寒さやらなんやらで精神ともどもイカれ。
わたしゃ、もう一生。
ドイツなんか来ないぞー。
ブラックリストにでもなんでも載せてくれやー。
エイッ!と。銀行口座だけ閉め。
後は知らないもんねー。ってズラかったら。
引き落とせなかった携帯なんかの請求が日本まで到達し。
最後には赤紙のようなすんごい警告とかが来たりして。
きゃー。ナチ。とかビビリまくり。
結局。延滞金を含め、高い海外送金をして払うハメになったので。
今度はちゃんとしたいのである。
まあ。無謀な事をするにはもういい年だしね。

というわけで。
やるぞー。手続き。開始!

まず。役所に行き、ドイツの住民票を抜く。
ハハー。もう住民じゃないぞー。
もう給料の40%の税金を払わなくてよいんだ。
いや。まあ。給料もなくなるんですけどね。
ハイ。ホント。
たくさんドイツ国にお金を献上しました。

次。インターネット。
これは家の後釜の人が使うというので。
一緒にショップに出向く。
名義変更完了!
ウーン。順調だ!
2年契約のモバイルネットも同じ会社なので。
そこで一緒に解約しようとすると。
ショップのお兄ちゃんは。
ここでは出来ないから
本社のカスタマーサービスに『辞めます』
という旨の手紙を書いて遅れと言う。
「えー。解約する用紙とかないわけ?」
「ない」
えー。フリースタイルの手紙ですかー。
なにそれ。

次。TV、ラジオの公共放送の解約。
とある銀行に用紙があるとの噂を聞いたので銀行に出向く。
が。用紙がなかった…。
家に帰り、ネットで。
ドイツ語版の『なんでも相談室』のQ&Aみたいのをみると。
やっぱりその銀行にあるらしい。
もう一度、銀行に出向く。
今度は銀行のお兄ちゃんに
『用紙がほしい』と言ったら出て来た。
あー。もう。何でさっき聞かなかったのか…。
これを。先ほど抜いた住民票のコピーと共に郵送すればよいらしい。
よーし。一個一個解決しているぞー。

そう。今まで。
『鍛える生活』で奮闘してきただけあり。
ドイツ語も手続き関連は意外と問題ないのである。
しかーし。
トラブル解決用語ばかり使っているので。
『これ。解約したのだが、解約されていないんだけど』とか。
『トイレの配管から水が漏れているんだけど』とかは。
スラスラ〜っと言えるのであるが。
実は。お恥ずかしながら。
『今夜、遊びに行かない?』みたいな文句は。
サラッと言えないわけです。
あー。哀しいですねえ。
どんな生活をしてきたのか、この語彙が物語っています。

さて。例のフリースタイルお手紙というのを。
書いておくってみた。

これに対するお返事を郵送で貰えば。
無事。解約らしい。
というか…。
お返事。私がドイツにいる間に間に合うのだろうか…。

しかし。このフリースタイルお手紙。
携帯の解約などでは一般的らしいのだが。
なぜ故に決まった用紙を作らないのか。
必要なデータを書き忘れる人がいたりで、
となると。
手紙が行ったり来たりしてかなり効率悪いと思うのだが…。
ゲルマン=効率。
という世間一般のイメージとかなり違うんですけど。
(実は解約に時間を取らせ、1ヶ月でも2ヶ月でも多く金を取る悪徳商法のような気もするが、まあ。なんも信じられないビョーキなもんで笑)

が。この解約の件。
このあと。意外な展開を見せたのであった〜。

引越し手続きはまだまだ続く…。

2011年4月19日火曜日

ドイツで鍛える生活 #56

**** 勤務最終日 ****

ドイツで会社を辞めるの時は、
日本と同様、こっそり辞めるものらしい。
ということがわかり、
残り日数がわずかとなってからも。
淡々と日々の勤務をこなしつつ、
少しずつ、自分のオフィスを片付けたり、
コンピュータのデータを消したりして。
沈黙を守っていた。

そして。最終日。
さすがにやることもなく手持ち無沙汰。
ボスから皆に。
一斉メールが出る事になっていたのだが。
一向に出る気配がない…。
やっぱり。
外国ではいちいち催促しないといけないのかなあ。
と思っていたところ。出た。
『マユゲが日本に戻る決断をしました。彼女の貢献に感謝し云々~。 thank you』

すると。
同僚たちがポツリポツリと私のオフィスにやってきて。
えーっ。知らなかったよー。なんでー。
と口々に言うので、

ウーン。いい街だけどね、
やっぱりここは小さい街だし、
家族主体だから。
独り者が住むには難しいところだよね。とか。
当たり障りのない返事をしていたのだが。
一番仲の良かったルーマニア人の子は悲しそうな顔をして。
「じゃあ.....君はロンリーだったんだ」と言った後、
うつむいてしまった…。

えーっ。ロンリー。って…。
そうか、私はロンリーだったのか。
ウーム。ロンリー…。
ロンリーって改めて言われると。
元もこうもないし。
なんだかものすごーく小恥ずかしい。
ロンリーねぇ…。

そして。
人が集まればいつものごとく。
『テーブルサッカーしよっ!』となるので、
よーし、最後の試合だー。と
テーブルサッカーをはじめようとしたその時。
1人のルーマニア人が。
「君はボクが初めて会った日本人なんだ」と。
ボソっと言った。
すると横にいたインド人も。
「ボクもだよ」と…。

いや。まあ。
おそらく、そうであろうとは思っていたが。
改めて言われるとなんかずしっと重い。
私は過去にも。
インド人もルーマニア人も身近にいたし。
話したこともある。
しかし…彼らにとっては。
私が初めての日本人であり、
おそらく。最後の可能性も高い。

つまり。私の一挙一動が。
彼らにとっては。
私の行動でなく、日本人の行動なわけです。

出社時間は遅く、
椅子の上であぐらをかいて仕事をし、
そのまま隣の部屋くらいなら、靴を履かないで行く。
こっちでは非を認めないのが常識なのに。
あっけなく。
『あ。ごめーん。それ、私のミスだ』とか平気で言う。
チームランチで作るごはんは。
なんか得体の知れぬもの(やきそば)が出て来たりする。

というわけで。日本人は。
朝が遅く、靴を履かないで、すぐ謝るんだよー。
で、ごはんもなんか変なの作るの。
って伝わるわけですね。
もー。日本の皆様、申し訳ない!

その後。入れ替わり立ち代わり、
色んな人とテーブルサッカーをした後。
色んな人のところに立寄り、
最後の挨拶まわり。
このへんも日本と同じである。
違うのはハグしたりすること。
しかし。これ。外人だから違和感ないけど。
日本だったら。
会社で隣のおっさんとハグして別れるとか。
あり得ません。

で。最後の決まり文句は。
キープ イン タッチねー。
みたいなことをあちらこちらで言い合うわけです。
これも、まあ。親しい度によって。
単なる挨拶だったり、義理だったり。
本気だったりするわけです。
この辺りも日本と同じ。

そして。外国では。こういう時。
Facebookのアカウントを交換するのが通例なのだが…。
うかつにもボスとも交換してしまい。
ブログのリンクを貼ってあったため、
この『ドイツで鍛える生活』もバレてしまった。

「あ。でも。日本語だから読めないよ」と私が言うと。
「グーグル翻訳で読むから大丈夫」とボス。
「…… 」
けっこう職場の事書いているしなあ。。。まずいなあ。
でも。所詮、機械の翻訳だしいっか。
「ほーら、こうすれば、君がブログをアップしたとき、
自動でメールで知らせが来るし』
と。ボスはRSS登録なんかもしてみせた。
「…… 」
(なんかいやな予感…)

そして。
会社のIDカードと鍵を返し、
オフィスを去った。

家へ向かってテクテクと歩くと。
風がきもちいい。
空もきもちいい。
そう。自由だ。自由なのだー!
仕事という足かせが取れたと同時に無職になっちゃったけど。
もー。異様なる解放感!

もう東京に帰れちゃうぞー。
帰ったら『ちょっとお茶しない?』とかできるのである。
微妙なニュアンスの会話だって楽しめる。
車がなくても行きたいところに行ける。
気軽に地下鉄や電車にヒョイっと乗り。
帰りたい時はいつだって電車に飛び乗ればよい。
自力で気軽に移動できるのだ。
寒くないからオートバイだって買えちゃうぞー。

そして。
遂に。金曜日の夜から月曜日の朝まで。
一言も喋らない無言行の生活とも、
お別れなのであるが…。
(つまり会社以外で喋り相手がいないわけ。ま。努力しなかった私の責任も大きい)

実は。これ。
裏をかえせば『超自由』ということでもあった。
究極の自由は常に孤独とセットである。
『孤独でなくなる』とは。
『自由でなくなる』ということだ。
私は。孤独を捨てるのと引き換えに、
自由も捨てる…。

バイバイ、ロンリネス。
バイバイ、フリーダム。

 * * * * * * *
ともかく。
実は。自由を捨てているのだが。
なんだかわからぬ解放感にひたりつつ。
テクテクと歩き家に到着。
ボスの言ってたグーグル翻訳で自分のブログを英語に訳してみる。
ガーン!わかる…。
けっこう何書いているかわかる…。
慌ててグーグル翻訳をかく乱させる書き方を研究すること数時間。
まずい部分を書き直すこと数時間。
解放感もすっとんだ。

あー。くだらない。
もー。何やってるんだろ。

(もう読んでないと思うので、普通の書き方に戻しました)

2011年3月11日金曜日

ドイツで鍛える生活 #55

**** 最後のチームランチ ****
 
1989年12月。 
共産国だったルーマニアで革命が起きた。
そして。
その独裁者の象徴、チャウシェスクが銃殺された。
当時。中学生だった私はその一連の東欧革命を。
なんだか。スゲー。と思って見ていた…。

そして。まさか。将来。
自分とルーマニアが。
どこかでクロスするとは思ってもみかった…。

                 * * * * * * * *
さーて。
出勤も残すところあと2日になったのだが。
実はまだ大仕事が一つ残っていた。
そう。この1年数ヶ月。
わたしが試行錯誤を繰り返してきた、チームランチ(注)。
その番が再びやってくるのだ。
(注: 会社で毎週、一人がチーム全員、5人分のごはんを作るイベントで、担当が順番に回ってくる)

始めの頃こそ、私の番が来ると。
同僚のルーマニア人たちは。
次は日本食だー。と。
はしゃいだものの。
いざ。現実としてお好み焼きなどが出てくると。
西洋とはまるで違う食べ物に戸惑い。
肉のおいしそうな香りもしないわ。
鰹節は自発的に踊っちゃうわで。
未知な食べ物に大いに困惑。
彼らの『食事』という概念から大きく離れた物は。
おいしいとかまずいとかいう。
次元の話ではなかった…。

サラダを出してもパリパリしたところを残し、
カレーもNG。魚は苦手。
お好み焼きもダメ。
目新しいものはダメ。
お肉とジャガイモを出すと喜ぶ。
(ルーマニアもドイツと同じく寒冷地のためか、ドイツ人同様、肉とジャガイモが好き)

なんだか私は。
彼らの味覚の封鎖性に大いに失望し…。
慣れていない。経験がない。ということが。
どれだけ壁になるか絶望するほど知った。

日本で皆が喜んでくれた料理は。
誰も喜ばなかった…。
料理は好きだし、得意だと思っていただけに、
もー。かなり撃沈。
ベルリンでも、オーストラリアでもウケたのに〜。
もー。なんで〜?田舎もんがーっ!と。
自分を責めずに彼らを責めた。
そして。
チャウシェスクだって責めた。
チャウシェスクめ〜。お前のせいじゃ〜。と。
味覚の封鎖性を。
過去の共産国の封鎖性のせいにした。
自由にものが手に入る社会でなかったせいだと…。

まさかねぇ。チャウシェスクが…。
私の日常生活に介入してくるとは思ってもみなかったが…。
(ってまあ。勝手に怒りの矛先を作っただけとも言う…) 

ともかく。この世には。
自分がおいしいと思うものを。
全ておいしくないと思う人がいることも初めて知った。
そして。
私は日本食を封印した…。

しかーし。
やはり。残りの日々もわずかとなると。
彼らにもおいしいと思える日本食もあったのではないかと。
後悔し始めていた。

とりあえず、彼らの好みを分析すると…。
寒冷地 + 大陸系の食文化なので。
魚は好まないが肉は大好き。
パリパリした生野菜より、
ヘタヘタになった煮込み野菜やピクルスを好む。
(長い冬に備えて生野菜より保存食系が発達したと思われる)
あと。保守的な西洋人の場合。
煮物のような、
食事なのに『甘い』というものは苦手な人が多い。
甘いものはデザートであり。
食事は塩味のものなのである。

というわけで。
これらを踏まえると。
やきそばならイケるような気がしてきた。
そして。
何百キロも離れたデュッセルドルフの人にお願いし。
(注: デュッセルドルフは日本人街があり、日本食材が手に入る)
やきそばを入手!

よーっし!最後の最後だ。
食べたことないもので。
『旨い!』って言わせてやろうじゃねーのーっ!

* * * * そして。チームランチ当日の朝 * * * *

 彼らの好みに合わせ、野菜をクタクタに炒める。
それから。
焼きそばのコツなるものをネットで調べると。
麺を炒める時に鰹節をいれると味が良くなるとの事。
しかーし。彼らの中には。
魚 = くさいという人もいるので。
『魚が入っている』とバレると食ってくれない。
なもんで。鰹節を粉々にしてバレないように…。
もし。聞かれたたら『ミートフレーク』と答えるもんねー。
ハッハー!
よーし。下準備完了。

昼。会社で肉を切る。
やっぱなあ…。会社のヘボい包丁ではバラ肉の塊は切れず。
ゴロンゴロンした肉になってしまった…。
ま。皆。肉大好物だからいっか。
なんとなく焼きそば完成!

さて。皆を呼び、皆カフェテリアに集合ー!
ほらほらー。見た事ないでしょー。この食べ物っ!
どやっ!

あれ~!? 
見た事もない食べ物に興味を示さないというか…。
皆。見ただけでうつむき、
『だんまり…』になってしまったー。
あー。もう敗北決定。
1人の子はもうほんのちょっと。
おつきあい程度によそうだけ。

そして。やきそばっ。
皆の口に入りましたーっ!
その瞬間っ。
箸が止まった!(フォークですが…)
「これ。魚。入ってる?」

まずいっ!バレたー!
「いや。入ってない…。肉だよ。肉」と私。
すると。他の皆も。
「いや。魚の味がするー」と一斉に言った。
えーっ。魚の味を知っていたのか。
単に食わず嫌いかと思っていた…。

「あれ? 魚?入れてないけど~。あれ〜?
パウダーに入ってたのかもー』と。
トボける私。そして。思わず。
「ごめーん」と言ってしまった…。
(あー。もー。バカーっ。謝るところじゃないのにー)

で。まあ。私も食べてみたのであるが。
やはり、隠し味で入れた。鰹節が強い。
これは失敗したかも…。
で、ゴロンゴロンした肉ではあまり出汁もでておらず。
やっぱり、
イカなんかも入れないと味的にも間抜けな感じ。
まあ。イカなんて。
あんな妖怪チックな生き物を入れたら。
食べてもらえないけど…。

そんなわけで。結局。
私の責任もあり、惨敗に終わったわけだが…。
なーんかわかったのだ。

私は。ずっと。
彼らの味覚を開拓したいと思っていた。
そして。私が。彼らの人生で。
最初で最後の日本人になることも自覚していた。
だから。
一生ヨーロッパを出ることはないであろう彼らに。
上から目線ではあるが。
もっと『世界は広いんだよ』って示したかった。

でも。私がやっていることは。
日本食を食べて満足して平和に暮らしている。
日本のおばあちゃんに。
世の中にはハンバーガーもステーキもあるんだよ。
と目の前に置いて。
『ほれ。食え』ってやっているのと同じだったのではなかろうか。
おばあちゃんはハンバーガーを望んでいないのに…。

日本食がおいしいというのは。
世界共通の感覚ではない。
こんなフツーのことが自分は分かっていなかった。

つまり。
日本にいる外国人に。
日本は食事がおいしくていいでしょー。
とか言ってしまいがちだが。
それもかなり的外れで傲慢な発言なわけです。

だって。皆。自分の国の味が。
一番おいしいと感じるのだから…。
たとえそれが。
肉とジャガイモだってね (←またバカにしている)

そんなことを思った。
チームランチ最後の日であった…。

p.s. ルーマニア人全員が上記のような特徴があるとは限りません。サンプル少ないのであしからず。