2009年8月31日月曜日

運命はどこまで白紙か

私は、いわゆる運命論者であった。

18の時、進学で2者択一を迫られた。
受かったほうの学校でよいやと思っていたら。
両方受かっってしまった…。
で。どちらにしたいか決められない。
期限は迫る…。
いやまて。
どちらにせよ、1ヶ月後にはどっちかになっているわけで…。
それでは。と。
考えることを放棄した。寝続けた。
時が流れるのを待った。
だって。
どうせ。決まっているんだもん。

そう。何を決定するかは既に決まっているという。
極端な運命論者であったのだ。

しかし。
最近は、ちょっと違うのではないかと思う。
ここでこんな人に出会うとか。
ここでこんな出来事に遭遇するとかは決まっていても。
そこでどう決定するかはあくまで白紙なのだと。
つまり。
出来事は仕組まれていても。
決定は白紙なのだ。

ある古武術家が言っていたが。
『運命は全てが決まっているが。
裏返せばすべては白紙であると』
なるほど。そうだったのだ。

考える事を放棄したあの18の春。
決断を下さないため、結局。
一ヶ月経っても何も決定はされなかった。
で。
そのために大金が無駄になることになった…。

実は。ここで決まっていたことは。
『大きな迷いに遭遇し決断を迫られる』
ということだけで。
決定権は天になく私にあったということを。
私は知らなかったのですねぇ。

そういや。思い返せば迷っていた進路は。
英文科と画像技術科。
もー。こんな違う学科を受ける私も私だが。
どうやったらそんな違う進路を迷えるんじゃー。
全く…。

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