2009年6月7日日曜日

ジョン・レノンは夢想家か

30代後半で一度も結婚していない男性って、
なんかあるのかなー。って思っちゃう。
だったら、一回くらい結婚した人のほうが安心ー!

というのは、どうやら世間の思想らしく。
こんな発言を女性からチラホラと聞く。

ウーン。
この発言を聞くとなんだか哀しくもやるせない気分になる。
いや、別に自分が30代後半の独身で(まあ女性ですが)、
自分もそう見られているのかも。
というのが哀しいわけでなく。
この世の中の、単一思想性が哀しいのだ。

私は常々、
多様性を受け入れられるのが成熟した社会で。
それが先進国であるべきだ。と思っている。
顔にピアスをしているのが受け入れられるように。
ゲイの結婚が受け入れられるように。
精神の先進国とは。
多様性を受け入れることだと思っている。

冒頭に出た結婚していない男は。
『結婚する』というのがノーマルであるという世の中で。
結婚しなかったというのが逸脱しているから、ちょっと…。
ということなのだが。
ちょっと待て。
その『ノーマルからの逸脱』は、
電車の中、
目の前で年寄りが立っているのに無視して座り続けるという、
『ノーマルな人間的感覚』からの逸脱ではない。
単に大多数の人の生活常識 -『あたり前』から逸脱しているだけである。
常識から見たあたり前と、
良識から見たあたり前とは違う。
良識から外れたものには善悪があるが。
常識から外れたものには善悪はないのだ。

私は反結婚主義者でもなんでもない。
ただ。
どちらかがどちらかを見下すでもなく。
両方の世界とも。
あーそうなんだ。と受け入れられる。
そんな社会でありたいーッ!

♫イマジン ゼアーズ ノー カントリーズ!
(チャチャチャン♫)

♫イマジン オール ザ ピーポー、
リビング ライフ イン ピィ~ス
(ユ、フ~ ゥゥゥ♫) 
♫ ユ メイ セーイ アイ アム ア ドリーマ~!

いかーん。盛り上がってジョン・レノンになってしまった。
でもね。
全人類が28歳で結婚して。
その翌年に子供をもうけるという同じ人生だったら。
それはどんなにキモチ悪いだろう。
人は皆、違っていないと崩壊した社会になるのだ。

そういえば。
人間に知能がある限り、
人種差別や、偏見はなくならないと説いたのは、
リリー・フランキーであった。

確かに。
人間が差別や偏見を持たないことは、きっとない。
それは。
人にはそれぞれの価値観があるからだ。
じゃあ。偏見を持ってもよい。
ただ単に。多様性を受け入れよう。
受け入れて成熟しよう。

ア、ハ~ァァア!
♫君は僕のことを夢想家だと言うだろう。
(あー。夢想家かもしれん)
♫but, アイム ノット ディ  オンリー ワン

いかーん。またジョンレノンが降りてきてしまった…。

2009年5月14日木曜日

少子化と来世の空きと養豚コース

私は。
何事も、物事は大きく捉え。
遠くから見る方が。
真髄に迫れ、物が見えると思っている。

世の中は少子化とよく叫んでいるが。
どうもこの問題が出た当初から。
その視点が気に入らん。

20世紀初頭に16億人だった地球の人口が。
今や67億人。
これ以上増やしてどうしようというのか。
なぜ誰も、
地球でなく日本の観点からしか話さず。
100年後でなく30年後のことしか話さないのか。
と、不思議なわけです。

確かに。
私たちが老人になったとき、
世は老人だらけになる。
しかし、私たちが死ぬ時。
大量の老人が死んでくれるわけで。
一時、苦しい時代が来るかもしれないが。
私たちが死んだ後は楽になるのではないか。
それでいいのではないか。
と、ずーっと思っていて…。

もちろん。次の世代だって。
生まれる人が少ないと老人の割合は必然と多くなる。
でも、それが普通の構成になり、
人口が減るなら。
まあ、いいのではないかと浅はかに思うわけである。

物事の視点は。
物理的にも、時空的にも。
大きく見る方が正しいような気がするのです。

しかーし。別の問題が…。
人口が減ると、来世また人間を希望しても。
あぶれる人がいっぱいってわけで。
人間コースは順番待ち1000年とかなるのだろうか…。
あぶれた人は回転が速い養豚とかに行くのか。
養豚はねぇ。辛いかも…。

2009年5月3日日曜日

ゴールデンウィークの目標

私はどうも。
意思が弱いというか。
生理的欲求に勝てない性分なもので。
食いたければ我慢できないし。
眠ければ寝る。
で。
食うのも問題だが。
いかんせん。よう寝る。
これがなかなか問題で。
週末ともなると、
昼寝が4時間とかは日常茶飯事。
ひどいときなんて昼の3時に寝て
起きるのが次の日の朝なんてことも時々ある。
起きていた時間が1日のうち5時間とか…。

これはいかん。
やりたいことはたくさんある。
しかし、眠ってしまうのだ。
寝ているときはあっちの世界にいるという説もあるくらいだから。
もう、いかにこの世にいないことか。

前回、私にとってゴールデンウィークとは。
日曜日を7回やるだけのことで。
連休だからどうのこうのということはない。
と述べたが。
そんな私にもこの連休の目標がある。

とりあえず起きていること。

おそらく。
日本一、低レベルな目標である。

2009年4月25日土曜日

天気と文句と老化

寒いだ。暑いだと。
私もよく言うが。
よーく考えてみれば。
子供の頃はそんなこと言わなかった…。

しかし。大人になると。
雨でがっかりしてみたり。
湿気が多いだとか。
4月なのに寒いだとか。
なかなか春が来ないだとか。
不満を口にするようになる。

そもそも4月になったらこういう季節だ。
というのも。
いわゆる前例の積み重ねで。
そんなものは地球の異常気象と共に変わるもんで。
時代と共に変わり。
変化する常識と同じである。
(参照: はかなき常識 )

その日ある天気さえを。
感想なしに受け入れられないようでは。
人が日々ありとあらゆることに、
ストレスを抱えるのは当たり前なわけで…。
天気に対して文句を言ったとき。
人は自らのことを。
あー。年だと認識したいもんだ。
そして。
責めるべくは天気でなく。
老化した自分の頭と感性である。

望ましくは。
「雨だ」で終わり。
そのあとに「……」という感想はない。

今日は春なのに寒い。そして雨。
ちょっとがっかり。
そして私は。
自分の老化した感性にがっかりしなければならない。

2009年4月23日木曜日

棚からぼたもち論

私は金に貪欲になりたくない。
なぜならば貪欲になればなるほど。
そういうものはすり抜けてゆく。
だから。
プレゼントも、自分の収入とバランスが悪くとも。
関係なくあげたいものを渡す。
それにより来月金がちょっと心配になってもよい。
金は追わない。

しかーし。
『追うと逃げるから追わない』というのは。
実は欲しいわけで…。
『追うと逃げるから追わない』というのは。
実は追っている。
つまり。
本当に『追わない』というのは。
それさえ思わない境地に達することだが。
『思わない』ということ時点では既に思っている。
つまり。
『思わない』って思っていることさえも気付かない。
そーんな境地に達しないと。
棚からぼたもちは落ちないのである。

「そんなこと思っていないしー」
なーんて言うのは甘いのだ。

2009年4月17日金曜日

年齢の認識

15歳のとき。
もう年は取るのはいやだ。と思った。
それは。
あー。もう16歳になってしまう~ッ。
という焦りであり。
いわゆる、大人がよく言う。
もー。30になっちゃう~ッ。
的な焦りと同じ感覚であった。
それが16歳で始まっただけである。

それ以来ずっと誕生日は。
もー。18歳になってしまった。とか
あーあ。もう24歳だ。
という繰り返しであり。
自分の思い描くxx歳の絵図らとの距離。
その暗黙のタイムリミットに対する戦いであった。

そのうち。
年齢は自然と頭の中から排除された。
実際、32歳のころは。
年齢を聞かれて、あれ?何歳だっけ?
なーんてこともあった。

それが、諦めというか。
1年くらい前、34歳くらいからどーでもよくなった。
一生懸命隠していた白髪も染めるのをやめた。白髪全開。
(まあ。ちょっと恥ずかしいときもある)
いや。別に身なりがどうでもよくなったわけでなく。
身なりはきちんとおしゃれでありたいし。
気を遣いたい。
ただ認識したいのだ。

そう。わたしは中年。
35歳なのだ。

いやあ。ほんと。
16歳から無意味な長い戦いであった。
無駄な抵抗はやめた。
絶対的事実として、時は過ぎてゆく。
年齢を受け入れられないのは哀しい。
年齢を日々認識して生きていくほうが。
若くありたいと願い、そう見せかけるよりも。
ハッピーで前に進むのだ。

16歳から約20年。
やっと。
年齢を超えた…。

次は性別を超えたりして(笑)
ンー。それはいいのかー!

2009年3月26日木曜日

善行と気分とマザーテレサ

世の中的に。
良しとされていることや。
偉いとされていることは、まあいろいろある。
一生懸命に何かに打ち込んだり。
家族を養ったり。
ボランティアしたり、人のために何かをしたり。

でも。
突き詰めると。
そうしないと良心の呵責にさいなまれたり。
気分が悪かったりして。
結局は。
自分がそうしたいから。
そのほうが気分がよいからするわけで…。

たとえ、人のために割いた時間でも。
そのように選択したのは自分なのだ。
だって。
そうしないと。気分悪いんだもん。

人のために生きたと言われるマザーテレサだって。
自分のためでもあったはずだ。
奉仕することで気分がよかったはずだ。

そう考えると。
別に物事に偉いもクソもない。
だから。
人のために生きよう!
とはよく言うが…。
結局は自分なんじゃないのー?ンー?ホレ~。
と肘で突っつきたくなる。
別に自分のためでもよいのだが。
そういう自覚が欲しいのだ。

マザーテレサまで持ち出し。
また問題発言をしてしまった。
これもまた。
言う選択をしたのは自分であり。
そうするほうが気分がよいからなのですねぇ。